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2013年08月31日

真夏の秘密

真夏の秘密


くくる一号



ミーンミーンミーン

煩い程の蝉時雨。

八月のうだるような暑さと

都会の喧騒を離れ、

母の実家のある岩手県南部へやって来た。

毎年恒例のお盆の帰省。

高速道路と渋滞と休憩をはさんで、

ちょっとだけ山道を抜けて八時間の

水も空気も澄み渡る別世界。

八歳の僕には、とても魅惑的で

刺激的な四日間の始まりだ!!




岩手に到着した夜は

宴会からスタートする。

一年振りの再開と一族皆の

健康と成長を喜びながら、

大人はお酒をたくさん飲み、

子供達は広い母屋を駆け回る。

少し疲れた頃に、やっと食事だ。

自家製の味噌を使った料理

裏の畑で採れた新鮮な

夏野菜を使用した天ぷら

近くの渓流で採れた川魚

三陸産のお刺身

自家製の色とりどりの漬け物

東北地方自慢の美味しいお米


ありふれたメニューではあるが

すべてが新鮮で輝いて見える。

澄んだ空気も調味料のひとつだ。



夜も更け子供達とおじいちゃんは

そろそろ就寝の時間。

僕だけの‘アルバイト’の始まりだ。

おじいちゃんに特に可愛がられて

いた僕は、自然とおじいちゃんと

一緒に寝ることになる。

すると毎回決まってお小遣いを

くれるのだ。

ただ一緒に寝るだけで!!

八歳の僕にはかなりの大金。

しかも毎晩!!

お父さんお母さんには言えない、

おじいちゃんとの二人だけの秘密。

おじいちゃん、

今も秘密は守ってるよ。





田舎の朝は早い。

朝六時に目が覚めた僕は

隣りに居るはずのおじいちゃんが

いない事に気付く。

そう、朝飯前の畑仕事に出ているのだ。

眠い目を擦りながら僕も畑へ向かう。

するとすでに畑仕事に

精を出すおじいちゃんの姿が。

朝のまだまだ本気を出していない

太陽の光に照らされて、

深いシワと80歳を過ぎても

衰えていない筋肉に流れる汗が

輝いている。

逆光で浮かび上がる

おじいちゃんのシルエットは

とても神々しく、感動した事を

覚えている。

「おはよう!顔洗ったか〜」

おじいちゃんが呼びかけてくれる。

「まだだよ〜」

と応えると、

顔を洗ったついでに台所から

砂糖を持って来いと言われる。

何で砂糖なんか…?と思いながら

言われた通りにする。

するとおじいちゃんが

まんまるで真っ赤なトマトをくれた。

「砂糖つけて食べてみれ〜」

…なんて事を言うんだ!!

元々あまり野菜が

好きではなかった僕は、

驚きと緊張の入り交じった、

複雑な気持ちで言われた通りにする。

「!!!!」

今、僕はどんな果物を

食べているんだろう

完熟トマトの甘みと砂糖の甘みが

口の中で完全に馴染む

瑞々しく程よい酸味が後から駆け抜ける

こんな極上のフルーツが

この世に有ったとは!

そんな感慨にふけっていると

「今度はきゅうりだ〜」

何だと〜!!

ついにボケたか〜?

そんなひどい事を思いながら

言われた通りに食べてみる。


あぁ!

何で岩手の畑にメロンが⁉

この人はきっと歳を重ねる内に

魔術師か妖術使いになったに

違いない!

さっきまで神々しく見えた

おじいちゃんが、急に

妖しい存在に思えた。


しかし、野菜の旨さを知ってしまった僕は

この後更にトマトとキュウリを

おかわりしてしまった。

畑でお腹いっぱいになった僕は

朝飯を食べられず、

お母さんに怒られた。

でもね、お母さん、

今まで嫌いだった野菜を

今朝好きになったんだから

許してね。

もうサラダも残さず食べられるよ!




田舎の日中は暇だ。

大人達はお盆の準備で

とても忙しそうだ。

子供達は暇を持て余して母屋を走る。

そして怒られる…

今度は庭で駆け回る。

綺麗に刈られた植木が

日中の強い日差しを受けて

気持ち良さそうだ。

納屋からホースを引っ張り出し、

庭の木々に水をあげる。

お花も葉っぱも笑顔になった気がする。

進んでお手伝いしたつもりで

僕も笑顔。

そこまでは良かった…

上は中学生からしたは三歳までの

子供が十人ほど。

このまま終わるわけもなく…

盛大な水浴び大会に発展。

全員水浸しで笑い転げる子供達。

真夏の太陽に虹がかかる。

僕達の心にも七色に光る思い出が

出来る…

「コラー!!」

表の騒ぎに気づいた大人達が

やって来た!

誰かが言った

「逃げろ〜!」

濡れた髪を振り乱し、

皆で逃げる。

小さい子達が次々と捕まる中、

逃げおおせたのは四人。

気付くと田んぼの中の

流れの穏やかな小川の近くに。

東北の清流、北上川の支流だ。

びしょ濡れついでに小川で

水浴び。

山から流れてくるキリッと冷たい水が、

走って熱くなった肌に心地良い。

燦々と照りつける太陽が

気分を盛り上げてくれる。

ひとしきり水浴びした後は

ザリガニやカエルをたくさん捕まえた。

しかし手ぶらで来たので

仕方なくキャッチアンドリリース。

ほとぼりがさめたと思った頃に

堂々と帰宅。

甘かった!!

ひとしきり怒られた後、

今度は暑い風呂に浸かる。

びしょ濡れの僕たちの為に

沸かしてくれていた。

怒りながらもこうして迎えてくれる。

大人には頭が上がらない。

散々水浴びして寒くなっていた

僕は風呂の温もりと親の温かさを

同時に感じる事ができた。


風呂から上がり、

扇風機の前で

「わ"れ"わ"れ"は〜"う"ちゅう"じんだー」

と遊んでいると、

「お昼ご飯だよ〜!」

大きな声が聞こえて来た。

朝からいろいろあったから

腹ペコだ。

三十人は座れる程に

一直線に並べられた食卓は

壮観な眺めだ。

そこにたくさん並べられた

麺つゆと薬味。

ははーん、夏のお昼の定番、

そうめんだな〜。

などと思いながら席に着く。

すると大きな鍋に沢山の氷と

白い麺が…

やっぱりそうめんだ………

おやっ?

ちょっと太いぞ。

今まで見た事がない。

「ねえこれなにー?」

と聞くと、

「秋田の稲庭うどんだよ〜」

と返ってくる。

秋田の親戚がお土産として大量に

持って来てくれた物だと言う。

早速食べてみる。

つるつるの喉越し

意外としっかりした歯ごたえ

自家製の麺つゆの旨さ

数々の薬味
(ネギ、刻み大葉、おろし生姜
ゴマ、みょうが等だったかな?)

そうめんよりも食べ応えがあり、

とっても美味しい!

ガツガツと先を争うように

食べたのですぐにお腹一杯。

だけどもっと食べたい!

僕は小さな身体と小さな胃を恨んだ。




食後は大人も子供も、

思い思いの場所で昼寝。

縁側を通り過ぎてゆくそよ風が

汗ばんだ肌を優しく拭ってくれる。

時折思い出したように鳴る

南部鉄器の風鈴の音色が、

全身に染み渡ってゆく。

岩手に着いてから

まだ二十四時間足らず。

すっかり東京の生活など忘れ、

心も身体も洗われた気分だ。



浅い眠りを破ったのは、

すぐ近くに止まった車の音。

「おーい!出かけるぞ〜!!」

お父さんの声だ!

岩手の叔父さん達と、

ご先祖様をお墓に迎えに

行っていたのだ。

さて、何処へ連れて行って

くれるのかな〜!

「涼しい所へ行こうか」

???

さて、何処だろう。

一日で一番暑い時間帯。

確かに ‘涼’ が欲しい。

叔父さん達はいそいそと、

お盆の準備に取り掛かる。

そんな忙しそうな親戚を横目に、

家族五人で真新しい

カローラに乗り込む。

まだまだ眠気まなこな

三人の子供達を乗せて走ること三十分。

山あいにひっそりと佇む

厳美渓(げんびけい)にやって来た。

切り立った岩の谷間を

激しく流れる渓流だ。

川の近くまで行くと、

ゴーッと音を立てて

冷たい水が流れて行く。

時折上がる水飛沫が

火照った肌に気持ち良い。

しかし、流れが穏やかな所もある。

川幅も広く、舟下りが名物だ。

透き通った水面を見ていると、

吸い込まれてしまいそうだ。

この日は舟には乗らずに

もう一つの厳美渓の名物、

郭公だんごを食べることになった。

別名 “空飛ぶだんご”

穏やかな川岸近くから、

崖の上へと伸びる一本のロープ。

そのすぐ脇には、木の板と木槌。

代金をかごに入れて木の板を叩くのだが…

ここで軽く争いが発生!!

三人兄弟による木槌争奪戦!

体格に勝る姉か?

ずる賢い僕か?

以外と抜け目のない妹か?

白熱のバトルが展開されるかと

思ったその時!!!

母の優しい言葉。

「仲良く三人で! ねっ?」

争いを予期していたのだ。

さすが三人の子の母。

万事心得ている。

そんな母が見守る中、

三人仲良く叩く。

コンコンコーン!

静かな谷間に乾いた木の音が

良く響く。

すると、崖の上のお店から

割烹着姿のおばちゃんが、

ロープに繋がったかごを

スルスルと引き寄せて行く。

しばらく眺めていると、

今度はかごが下りて来る。

上りよりもやや重さを感じる

動きをしている。

到着したかごの中には、

みたらし、あんこ、ゴマの

三種類のお団子。

早く食べたいのを我慢して、

少し上流の人が少ないところに移動。

大きな一枚岩の上で家族五人

仲良く団子を囲む。

僕は迷わずあんこを一番先に

キープする。

しかし、家族の一番人気はゴマ

なので、争いはおきず、、、

とっても美味しい

忘れられない味になりました。




夜はまたまた大人数での晩ごはん

大勢で食べるご飯は本当に美味しい。

今日も豪勢な料理が並んでいる。

しかし、盛りだくさんの

一日を過ごしたのでもう眠い、、

眠気に負けて食べながら

眠ってしまったようだ。

気づくと静かな部屋で一人横になっていた。

静かな場所で寝かせてあげよう

という心遣いには感謝するが、

よりにもよって仏壇の部屋とは。

お線香の香りと薄明るく廻る走馬灯。

僕はこの走馬灯が苦手なのだ。

今思えばろうそくの灯りに

照らされた模様が静かに廻り続ける。

心休まる光景なのだが、、、

当時の僕は、

部屋全体を覆う影絵の中にいると

そのまま自分も影の一部に

なってしまう気がしてとっても怖いのだ。

しかもその仏間には

先祖の白黒写真がたくさん飾られている。

自分もその中の一枚に

なってしまう気がして

本当に怖い。

早くみんなのいる明るい食卓に戻りたい!

しかし、昼間の疲れからか身体が動かない。

意識はハッキリしているのに動けない。

遠くからみんなが楽しそうに

話している声が聴こえる。

あぁ、早くそこへ行きたいのに。

僕の身体は一体どうなっているんだ?

すると、お線香の香りの中に

微かに優しい花の香りを感じた。

これは白粉(おしろい)の香りだ。

何故???

そう思っていると、

耳元で、

「もう少し休んで居なさい」

と、女性の声が聞こえた。

えっ?誰?どこ?

あまりの出来事に呆然としていると、

不思議と身体が軽くなって来る。

まるで海の中に浸っているような

密度の濃い空気の中に浮いているような

何とも言えない感覚だ。

あまりの気持ちよさに怖さも忘れ

しばらく身を任せる。


どの位の時間が経ったのだろう。

不思議な感覚もなくなり、

身体を起こす。

生まれ変わったように

元気になっていた。

今の出来事を思い返しながら、

みんなの居る場所へ向かう。

いったいあれが何だったのか、

未だに分からない。

きっと先に亡くなった

おばあちゃんだったのかな?

仏壇に飾られている

おばあちゃんの遺影が、

優しく微笑んでいる気がした。

誰にも話していない、

僕だけの秘密。




三日目の朝。

また気づくとおじいちゃんはいない。

きっと畑だろうと思い、

顔を洗ってから畑へ向かう。

もちろん砂糖を持ってね!

畑に着くと朝の挨拶もそこそこに、

ニコニコしながら砂糖を見せる。

するとおじいちゃんも

ニコニコしながら懐に手を入れて

何かを取りだす。

「今日はハチミツだぁ〜」

う〜ん。

おじいちゃんにはかなわない。

トマトもキュウリも1ランク上の

最高級の味になった!

昨日の感動を上回る感動!

やっぱりこのおじいちゃんは

半分妖怪になりかけてると思った。

朝ご飯を食べられないとまた

お母さんに怒られるので、

控えめにしておこうと思っていると、

僕の手を引いて畑の奥の方へと向かう。

そこに植えられていたのは

トウモロコシ。

おもむろに立派な一本を採って

ヒゲまできれいにむいてくれた。

「食べてみろ〜」

ふん。

またおかしなことを言い出した。

トウモロコシが生で

食べられる訳がない。

子供の僕でも知っていることだ。

「大丈夫だぁ」

と、ひと口かじるおじいちゃん。

「ほれ、うまいぞ〜」

うーん。

そこまでされては仕方が無い。

後でお腹が痛くなっても

知らないからね!

おそるおそるひと口かじる。

うま〜〜〜い!

柔らかく瑞々しい粒が

口の中ではじける。

爽やかな甘みが病みつきになる。

本当に新鮮なトウモロコシは

生でも食べられると体験させてくれた。

なんて素敵なおじいちゃんだろう。



またまた朝ご飯が食べられずに

怒られたのは言うまでもない…





朝食後は思い思いに過ごす。

女性たちはみんなで台所に立ち、

今夜の料理の下ごしらえを、

男性たちは家の中や庭をキレイに

掃除している。

ご先祖様に気持ちよく

過ごしてもらう為だ。

子供達はと言うと、

相変わらずヒマだ。(笑)

それを見越した一回り以上歳上のいとこが、

「川に遊びに行くか〜」

と、誘ってくれる。

歩いて小一時間の磐井川へ。

ここは川幅も広く、流れも穏やか

水深も浅いところばかり

水遊びにはもってこいだ。

河原は砂利が沢山あり、

水切りには最適な川だ。

平たく適度な重さの石を沢山

探して来て自分の近くに積んでおく。

さあ、準備は整った。

アンダースローの要領で、

水面と並行になるように、

しっかり回転をかけて投げる。

最初は三段四段と、記録はのびない。

しばらくしてコツを

思い出した頃にすごい記録が出た!


予感はあった。

やけに手に馴染む白っぽい石。

渾身のスナップで物凄い

回転がかかった石は、

シュルルルー!

と、うなりをあげて滑るように着水。

その勢いのままさらに伸びて行く。

最後に勢いを失い水の中に沈んだ石は

結局17段というすごい記録を

打ち立てた!

「スッゲー!!」

兄弟やいとこたちの笑顔が、

僕を祝福している。

テンションが上がった僕は

着ている服を脱ぎ捨て、

川の中に駆け出していた。

もちろん水着などは履いていない。

パンツ一丁で心地良い冷たさの水を

全身で浴びていた。

他の男の子たちもみんな

パンツ一丁ではしゃぎ回る。

川の向う岸のあたりは

水深が深く流れもほとんど無いので、

天然のプールの様になっていた。

澄んだ川の冷たい水の中に潜って行くと、

珍客の登場に小さな魚が

慌てて逃げて行く。

その先には、綺麗に生い茂った

水草が緩い流れを受けて

気持ち良さそうにそよいでいる。

東京の川ではお目にかかれない光景だ。

時間を忘れて泳いでいると、

みんなの顔色がみるみる悪くなって行く!

紫クチビル軍団が現れた!

それを見ていた僕も

なんだか身体が震えてきた。

みんなでガタガタ震えながら岸に上がる。

タオルなど用意していなかったので、

とりあえず自分の服で体を拭う。

後は夏の日差しで温められた

河原の石の上に寝転がる。

真昼近くの太陽がジリジリと

僕らを温めてくれる。

こうしてしばらくすると

紫クチビル軍団は消え去っていった。


しっかり遊んで疲れた僕らは

お昼も近いので一旦戻ることに。

家に着いたのはちょうど12時。

腹ペコの子供の腹時計は

ハッキリ言ってすごい!

ピッタリお昼ごはんの時間だ!


食卓の上には、これでもかと積まれた

いなり寿司の山が!

なんてことだ!!

八歳の僕は酢飯が苦手なのに、、

みんなが思い思いの場所に座って

食べ始めるのを横目に、

僕は母に必死の眼差しで訴える。

「分かってるわよっ」

やっぱり最高のお母さんだ。

お酢抜きの僕専用のいなり寿司を

用意してくれていた。

やっとみんなの輪の中に入って

昼ごはんを楽しめた。

周りのみんなには秘密の、

好き嫌いが多い僕だけの特別メニュー。

お母さん、好き嫌いを

なくす様に頑張るからね!



さて、今日も昼寝タイムがやって来た。

昨日と同じ、最早お気に入りに

なった場所でうたた寝。

三十分程でリフレッシュした僕は、

まだ寝ている人々を横目に、

納屋にあったサッカーボールで

リフティングをして遊ぶ。

まだ寝ているひともいるので、

静かに遊ぶ。

都会とは違いブロック塀などは無いので

思いっきり蹴ることができないからだ。

しばらくサッカーボールで遊んでいると、

そこへグローブと野球ボールを

持ったお父さんがやって来た。

「キャッチボールするぞ〜」

、、、、、

待ってました!!

普段は朝から晩まで働いている父

寡黙でぶっきらぼうにすら映る

父だが、休みの日には

必ずと言っていいほど

僕とキャッチボールをしてくれる。

物心着いた頃からずっと。

特に何を話す訳でもなく、

ひたすらボールを投げ合う。

僕にとっては最高に楽しい時間なのだ。

午後の暑い盛り。

僕もお父さんも汗だく。

でも僕は周りの事など

目に入らない位に真剣に

お父さんとのキャッチボールに集中する。

お父さんが、たまに意地悪で

投げて来るカーブ。

僕にはまだ取れないんだよ。

畑の中まで取りに行くのは

僕なんだからあんまり投げないでよね!


一時間ほどたち、疲れて来た僕を

見て父はキャッチボールを

切り上げる。

そこでまたまた発せられた

魅惑の言葉、

「散歩しに行くか。」

大好きな散歩!

こんなに楽しい事ばかりで良いのだろうか?

どこからともなく現れた

自転車に二人乗り。

当てもなく(?)軽快に走る僕と父。

畑や水田を縫って走るのは

とっても気持ちよかった。

遠くに見える山々は

夏の強い日差しを浴びて

青々と佇んでいる。


そろそろ陽が傾いて来る時間だ。

ひとしきり楽しんだので、

そろそろ引き返し始めた。

その途中で見かけた一軒の

支那そば屋。

そこで父が囁く。

「ラーメン食って行くか?」

昼ごはんからそこそこ時間がたって、

確かに小腹がすいていた。

シンプルに“支那そば”と書かれた

のれんをくぐり店内へ。

夕方の店内はひっそりとしており、

テレビの音が響いていた。

遠くからヒグラシの声も

聞こえてくる。

壁に所狭しと貼られた

お品書きの日焼け具合が

この店の年季を物語っている。

エアコンがないので、

扇風機の温風をあびながら、

お父さんが支那そばを二つ注文。

ビールのコップにつがれた

ぬるい水を飲みながら、

支那そばとラーメンの違いを

お父さんに質問しかけた所で、

美味しそうな香りと共に

支那そばが運ばれて来た。

透き通ったスープに

焼豚、メンマ、ナルトなどがのった

シンプルなラーメンだ。

細ちぢれ麺を啜ると

煮干しの香りがふわり。

鶏ガラスープの旨味を

引き立てている。


ズルズルと麺を啜り続け、

気が付くとたくさん汗をかきながら

あっという間にスープまで完食。

お父さんのポロシャツは

プールに飛び込んだみたいになっていた。

二人でごちそうさまをして、

美味しかったね〜と微笑んでいるのを、

食べ終わった丼の(喜喜)(フタツキ)の文字も

嬉しそうに微笑んでいる様に見えた。


自転車で帰り着く頃には

汗も引いて、涼しくなっていた。

玄関先でお父さんが声をかけて来る。

「ラーメン食べたのは内緒だかんな。」

僕はまた秘密を作ってしまった。

だんだん、秘密ばかりの

いけない子になって来た気がする。。。

だけどお父さん、

秘密はしっかり守っているよ。



晩御飯までほんの少し時間がある。

少しでもお腹を空かせないと、

またまた食べられなくて

お母さんに怒られてしまう。

そう思った僕は、

またまた納屋から引っ張り出してきた

網と虫カゴをたすきがけにして、

裏山のほうへ向かった。

この山の近くの田んぼには

たくさんのトンボがいる。

オニヤンマ、ギンヤンマ、

シオカラトンボ、赤トンボまでいる。

慎重かつ大胆に、次々とトンボを

捕まえて行く。

あっという間に小さな虫カゴの中で、

トンボたちは窮屈そうだ。

しかし、最大にして最高のライバル

オニヤンマだけが捕まえられない。

他を圧倒する存在感と大きさ。

群を抜くスピード。

繊細な警戒心。

圧倒的な強敵なのだ。

なんとか捕まえようと、

手を替え品を替え奮闘するも

僕は捕まえることができなかった。

来年のリトライを心に誓う。


トンボに夢中になっている間に

まわりが薄暗くなってきた。

入道雲が紅く染まっている。

暗くなる前に帰らねば!

捕獲した中で一番大きな

ギンヤンマの尻尾に

用意してきた糸を結び、

ペットにして帰りを急ぐ。

ごくごく短時間のペット。

今考えれば残酷な仕打ちだ。


無事に帰り着き、

みんなにひとしきりトンボを

見せたあとは全部逃がした。

ありがとう、トンボ達よ!



さて、問題の晩御飯がやってきた。

一時間やそこら遊んだからといって

お腹が空くわけがなかった。

食卓にはお寿司や天ぷらなど

豪華な料理が並ぶ。

今夜はお盆のお送りの日。

いつにも増してご馳走なのだ。

食べたい気持ちは山々だけど、

お腹がそれを許さない。

しかし食べないと怒られる。

そこでずる賢い作戦を決行することにした。

正式な作戦名は、

“最初はいろいろ食べてる振りをしながら頃合いを見計らい宴会気分の大人たちを順番に巡り両手に持ったビールと日本酒をたくさん注いで回る大作戦”

略してお酌大作戦。

上座のおじいちゃんから始め、

時間をかけてお酌をして回る。

なんて素晴らしい作戦だろう。

と、浮かれていられたのはここまで。

確かにご飯が食べられないのは

誤魔化せたようだ。

しかし、酔っ払いの大人を

少しなめていたようだ。

お酒が入ると陽気で話し好きに

なる家系なのだ。

お酌をする人が変わるたびに

おじさん達のつまらない話を

聞かなければならない。

なんと険しく厳しい道を選んでしまった事か。

その中でも陽気さトップクラスの

静岡のおじさんの順番になった。

まずはビールをついで、、、

おっと!

泡だらけになってしまった。

しかし嫌な顔一つせず、

ニコニコしている。

ホッと安心したのも束の間、

薄笑いを浮かべながら、

「ビールの泡を飲め〜」

ちょっ、おじさん?

未成年中の未成年だよ?

小学校二年生だよ?

不安な表情を浮かべた僕に

お構いなく追い打ちをかけてくる。

「いいからいいから〜」

潤んだ瞳でまわりにSOSの視線を送るも、

みんな浮かれ騒いでいて気づいてくれない。

おじさんの視線は僕に釘付けだ。

負けた。

プレッシャーに負けた。

おじさんの赤ら顔に負けた。

人生初のお酒。

近くにあった小さなスプーンで

ビールの泡をひとすくいすると

恐る恐る口の中へ。

、、、

「苦〜い!ぺっぺっ!」

僕は思ったより大きな声で言って

しまったようだ。

皆の視線が集まる。

ビールを飲んだ事がばれてしまった!

これは相当怒られる。

、、、、

ん?

怒られないぞ?

誰ともなくニヤニヤとしながら

僕に声をかけて来る。

「まずいべ〜?これに懲りたら

大人になるまで飲んだら

ダメだぞ〜。」

はい。

言われなくてもこんなにまずいものは

二度と飲みたくありません。

苦〜い思いをした、

公然の秘密。

おじさん、

今では大きなジョッキで

オリオンビール飲んでるよ。



宴もたけなわのなか、

小さい子供達は寝る時間が迫ってきた。

大人達は皆一様に陽気な

赤ら顔で出来上がっている。

先ほどのビールのせいか、

僕も少し顔が赤くなっている気がする。

これは早い所寝たほうが良さそうだ。

しかし寝る前には

やらなければならない事がある。

そう、お風呂に入らねば。

さてさて、今夜もおじいちゃんとの

入浴タ〜イム。

実は寝るときだけではなく、

“一緒にお風呂”もお小遣いの

対象なのだ!

もはや秘密まみれの僕。

しかし、近々発売される

ファミリーコンピューターという

ゲーム機を買うためにはまだまだ

お金が足りない。

おじいちゃんがいつも東京に

居てくれたらな〜。

そんな甘い事も考えてみる。

所詮儚い希望だ。

少し後ろめたい気持ちを覚えつつ

お風呂に入る。

まずはおじいちゃんの背中を流す。

今度は僕をキレイに洗ってくれる。

替わりばんこで背中を流し合う。

とってもお気に入りの時間だ。

だけどおじいちゃん、

チカラが強いから、結構痛いんだよ。

来年になって僕がもっと大きくなれば、

きっと痛くなくなるよね!


さて、苦行はまだ続く。

僕はお湯に長く浸かるのが苦手だ。

いつもは五十まで数えてから上がる。

おじいちゃんの時はなんと倍!!

百まで数えなければならない。

一〜、二〜、三〜、四〜、、、

四十を越えたあたりから

しんどくなって来る。

五十、限界突破!

六十、何か気を紛らわせないと。

七十、世界が霞んで見えてくる。

八十、おじいちゃんの脇腹に

不自然な丸くツルッとした跡を発見。

これはなーに?

と無邪気に聞いてみると、

第一次大戦の時に、

敵に撃たれた傷跡だそうだ。

遠い昔の異国での戦争。

あまりに現実離れしすぎた事なので、

しばらく何も言えなかった。

しばらくしてやっと言った言葉、

「痛かった?」

率直な疑問だ。

しかし、その答えは聴けず終い。

なぜなら妙にのぼせてきたから。

なんでだ?

とっくに百を越えていたから!!



さあ、そろそろ寝る時間だ。

時計は夜の八時半を指している。

そこへ通常ではあり得ない、

子供達を狂喜乱舞させる

一言を耳にしたのだ!!

「花火するべ〜」

なんと!!

突然やってまいりました!!

夏の最重要イベントの一つ!

ズラーっと並べられた大量の花火!

大きな筒、小さな筒、

手持ちの花火に、線香花火。

煙玉やトンボ花火、

パラシュート花火もある!!

最上級のフルコースだ〜!


最初は派手な打ち上げ花火や

ドラゴンにバンバン火をつけて行く。

その周りを手持ちの花火を

振り回しながら駆け回る。

怒られながらも駆け回る。

いろんな文字を書いて見たり、

新体操の真似をして見たり。

湯上りでのぼせ気味だった僕は、

すっかり汗だくで元気ハツラツ!

まわりの大人も子供も、

みんな楽しそうだ。

その様子を一人縁側に腰掛けて

見ているおじいちゃん。

「一緒にやろうよ〜!」

僕は声をかけて見た。

しかしおじいちゃんはニッコリと

微笑むだけ。

仕方なく僕も隣に座る。

するとおじいちゃんがポツリと

話し始めた。

「この花火はお盆の送り火の

代わりなんだよ。

あの世からおいでくださった

ご先祖様が帰り道に

迷わず帰れるように明るく

照らしているんだよ。」

そう話したおじいちゃんは

少し寂しそうだった。


ご先祖様、来年もまた元気で

ここで会えるように、

見守っていて下さい。

僕も心の中でつぶやいた。




四日目の朝。

今日は東京へ帰らなければならない。

そんな憂鬱な朝。

今回岩手に来てから

朝の習慣になった畑へ向かう。

おじいちゃんは今日も元気だ!

僕は開口一番、

「帰りたくないよ〜。」

と、おじいちゃんに言った。

おじいちゃんは満面の笑みで、

「東京に持っていけ〜。」

と、僕には抱えきれないほどの

野菜達を収穫してくれていた。

この夏に好きになった野菜達。

どれもピカピカに輝いている。

この野菜達と一緒に、

東京へ帰るのだ。

畑の裏山から迷い出てきたキジも

見送りに来てくれた。



とても貴重で濃密な時間を

過ごしたこの景色を目に焼き付ける。

いつまでも決して忘れない様に。

来年の夏はどんな冒険が待っているのか。


僕の真夏は、たくさんの秘密と

少しの不思議な体験、

いつまでも色褪せない思い出を

残して終わった。

一つ一つの言葉、

一つ一つの出来事、

一人一人の笑顔。

目を閉じると、

「ミーンミーンミーン」

蝉時雨と共にあの“真夏”が

よみがえってくる。



エピローグ

たくさんの親戚の笑顔と、

キジに見送られた僕たちは、

ちょっとの山道と高速道路と

渋滞と休憩を挟んで、

後ろ髪を引かれながらも

一路東京へと向かっていた。

休憩で立ち寄った

福島のサービスエリアで

桃や梨を買った。

おじいちゃんの野菜達も一緒に

夜には東京に着くからね〜。

後部座席に三人並んだ僕たち兄弟は

こんな呑気な会話をしていた。

この後に起きる“あの事件”は

ひたひたと忍び寄っていたのだ。


岩手を出発してから既に五時間。

この日の帰省ラッシュは凄まじく、

運転席のお父さんと助手席の

お母さんは疲労困憊だった。

福島県を越える辺りで

お父さんが限界を迎えたようだ。

助手席で舟を漕ぐお母さん。

後部座席で寝ている姉と妹。

僕は少し前に目が覚めたところだ。

お父さんは必死に眠気と戦っていた。

しかし、静まり返った車内。

進めど進めど代わり映えしない景色。

僕が退屈に負けてもう一度

眠ろうとしたその時だった!

車が蛇行し始めたのだ!

僕は一瞬にして冴えた目を見開いて、

「お父さん!!」

と、大声で叫んだ!

家族全員、弾かれた様に起きた。

幸い大事に至らずに済んだ。

しかし、このまま無事に東京へ

たどり着けるのだろうか?

一抹の不安を抱えている

僕の目に飛び込んで来たのは

この先渋滞50kmと書かれた

電光掲示板。

それを見たお父さんとお母さんが

何やらコソコソ相談している。

すると突然、車は左ウインカーと共に

高速道路をおりた。

どこへ行くのだろう?

高速道路の渋滞を避けて

一般道で帰るのかな?

出口の看板には

“西那須野塩原インター”

と書かれている。

福島を抜けて栃木県に入ったばかりだ。

まだまだ長い道のりだ。


とりあえず目が覚めたお父さんは

曲がりくねった山道を、

危なげなく車を走らせている。

インターを降りてから30分ほど

走っただろうか。

前方の山間から湯気が立ち昇るのが見える。

温泉街に入ったようだ。

辺りは薄暗くなって来ていたので、

道沿いの旅館やホテル、

土産物屋や飲食店の灯りが、

まるでオアシスのように見えた。

お父さんがおもむろに一軒の

温泉ホテルの前に車を止める。

車を降り、旅館に入って行くお父さん。

すぐに戻ってきたお父さんの顔は、

色濃い疲労の中に明るさが見えた。

そして開口一番、

「温泉に泊まってくぞ〜!」

えっ?

帰らないの?

ほんとに泊まるの?

いいの?

仕事は?

僕たちは夏休みだけど。

こうして三泊四日の冒険が

四泊五日に延長する!

という大事件が起きたのだった。


家族水入らずの温泉ホテル。

たった一泊で何回温泉に浸かった事か。

昨日までの大人数の夕食とは一転、

家族五人だけの食事。

少し寂しさを感じたのを覚えている。

翌日、無事に東京にたどり着きました。


こうして降って湧いた“延長戦”

家族五人の特別な

“秘密”

になりました。










いかがでしたでしょうか?

誤字脱字などが有りましたら

ご容赦下さい。


だいぶ前に予告していたストーリーが、

やっと完成しました。

仕事の合間に書いていたので遅くなりました。

私の食の原点や、人格形成に

大きな影響があったエピソードです。

ほぼノンフィクションのストーリーです。

一つのストーリーにまとめるにあたり、

帰省二回分ののエピソードを凝縮しています。

実際は母屋の縁側で夏休みの

自由研究の為の工作をしたり、

ただただのんびり過ごす時間なども有りました。

この母の実家岩手でのエピソードは

まだまだ書き切れないほど有ります。

いつか機会があれば書きたいと思います。


くくるの宣伝的には、

くくるの東京ラーメンは、

以前ブログに書いた、

“東京ラーメンストーリー”

の中に出てきた屋台のラーメンと、

今回のエピソードにある田舎の支那そばが

ベースとなっているのです。


共通するのは父と私の、

“二人の秘密”であるという事。

私の脳裏に幸せな味として記憶されてい

る、シンプルな醤油ラーメン。

鶏ガラと煮干しの香りと細ちぢれ麺。

これらを再現して提供させていただいて

るのが、くくるの東京ラーメンなんです。

そんな私の思いが詰まったラーメン。

ぜひ召し上がって下さい。





ギリギリ八月中に完成出来て良かった〜








Posted by くくる! at 23:29│Comments(2)
この記事へのコメント
あぁ、

なんだか自分の、子供の頃の思いでになってしまうほどリアルに体感できる文章でした〜。

幸せな満ち足りた気持ちになりました。

ハチミツきゅうり、食べたことないのによだれが〜。

アップしていただき、ありがとうございます。
Posted by ちる at 2013年09月01日 02:39
素晴らしい子供時代を過ごされたんですね。

幸せな1号さん(^o^)

楽しかった〜
Posted by (^o^) at 2013年09月01日 03:28
 
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